稀風社ブログ

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稀風社ブログ

稀風社は鈴木ちはね(id:suzuchiu)と三上春海(id:kamiharu)の同人誌発行所です。

海岸幼稚園特集第3回『かみはる幼稚園入園案内』(鈴木ちはねによる三上春海短歌3首+α鑑賞)

 死を愛し光を愛し砂と化す俺のお腹をジープよ進め
 (『海岸幼稚園』所収)


 この短歌には僕が出会ったころから一貫して変わらない三上春海と、常に進化し続ける表現者としての三上春海の姿が凝縮されているような感じがして、数ある三上春海の短歌の中でも僕にとってとりわけ愛おしいひとつだ。
 稀風社というサークルの歴史は、殆どそのまま「三上春海」の歴史であると言っても過言ではない(何せ第一集『さよならが来るのを待っている君へ』(以下『さよなら』)を制作するときにはじめて「三上春海」という筆名が世に産み落とされたのだから)。本稿では三上春海の普遍的な部分、「変わらない三上春海」と、外部のテクストや環境から日々新しい認識を取り入れて「変わっていく三上春海」の、二つの側面から最近の三上春海の短歌について鑑賞していきたい。

1.三上春海と実存の危機

 三上春海は常に実存の危機に晒されている。彼は自己の存在を自明のものとして捉えることができないのだと僕は思う。彼のそうした不安や怯えは、三上春海の短歌の普遍的な「変わらない三上春海」の通奏低音として、彼独自の危うい世界を成り立たせている。


 透明度 私のいない湖を見つめ続ける私の瞳
 (『さよならが来るのを待っている君へ』所収)


 「私の瞳」に本来映るはずの「私」の姿が無い。「私」の代わりにそこに拡がるのは、ただどこまでも冷たい透明な虚無だ。とすれば、この視線は一体誰のものなのだろう。「私」の主観に客観される「私」の間で循環し続けるはずの視線はあらぬ方向へと突き抜けてしまい、「私」をささえる自己は瓦解してしまう。漠然とした不安感だけが透明な虚無の中を漂い続けるような、なんともおぞましい読感を与える一首である。
 さて、冒頭に取り上げた「死を愛し~」の歌に立ち返ろう。三上春海は自己と自己の内にある「私」を自明の存在としていない。三上の「私」は常に疑われる存在としてある。あるいはそれは、存在自体の疑義でもあり、同時に自己の存在意義に対する疑念であるのかもしれない。
 「死を愛し光を愛し砂と化す俺」というのはなんとも刹那的な自己に対する形容だ。生のあざやかな瞬間のすぐ傍には常に死のイメージがあり、そして自らの死さえも単なる事象に過ぎないのだろう、とでもいうような、不安や怖れを越えてひどく投げやりな自己に対する態度が見えてくる。
 無意味な「俺」、虚無である「俺」。その俺の投げ出された「お腹」の上を悠然と進む「ジープ」は何か性的なものを思わせる。「ジープよ進め」と言うけれど、このジープは作中主体に命じられようが命じられまいが、変わらずに進んでいって、「俺」を蹂躙していくのだろうという気がする。「俺」はただ自己が蹂躙されていくさまを事後的に承認することしかできない。もう何とでもなってしまえ、とでも言うような捨て鉢な読感がこの「進め」にはあるように思われる。
 この「ジープ」というのが何とも三上の言葉選びの妙で、この「俺」を一方的に蹂躙していく存在というのは、例えば「パジェロ」とか「戦車」とかでは駄目で、「ジープ」で無ければ生じないイメージだろう。「ジープ」は軽快でいて力強く、確固とした独自の意志を持っているような気がする。
 三上春海とセックスといえば、こんな歌もある。


 きみがしていてぼくもしているセックスをされているのは誰なのだろう
 (『海岸幼稚園』所収)


 「きみがしていてぼくもしている」でなぜ完結しないのだろう。他者の視線を想定しているのか、あるいは自己のメタ的な自意識からの視線を想定しているのか、あるいは、お互いのエゴや主体性の宛先の無さをふと感じ取ってしまった瞬間であるのかもしれない。どちらにせよ、単なる「する」と「される」が一対でない状況における言葉遊びでは終わらない、いやな読感のある一首だと思う。
 三上にとってセックスというのは、自己の不確かさや不安定さや空虚さをよりいっそう強く増幅させてしまう行為であり概念であるのかもしれない。もしくは、彼のあやうい自己は常に他者からの侵略に晒されていて、性行為にその本能的な実存をめぐる防衛戦の最前線が立ち現れるのだろうか。
 いずれにせよ、近頃三上はこのセックスというテーマを多く取り上げるようになってきているが、それは単にエロティシズムとしての表現価値を目指したものというよりは、彼自身の内的な戦場が場所を変えつつあるというだけであって、彼の短歌の本質的な部分は変わっておらず、むしろより一層先鋭化しているのではないかと思う。

2.みかみんが社会に参加するようです

 『さよなら』から今回発行の『海岸幼稚園』に至る間に、三上の作歌環境に起きたいちばん大きな変化はおそらく、彼自身も設立に関わったという大学生短歌サークルへの参加だろうと思う。本特集の第一回で三上が述べたように、稀風社というサークルは立ち上げの趣旨やその後の運営を顧みても、徹底的に高次の「場」としての社会(ソサエティ)であることを拒み続けているサークルであり、三上がそれを構成する一方で、現実に社会(ソサエティ)に積極的に携わるようになったというのは、僕にはとてもできないという意味でとても大きな変化であるように思われるし、当然その周辺環境の変化は彼の作歌姿勢にも少なからず新しい風を吹き込んでいるように思う。
 三上の所属しているサークル「北大短歌会」の会誌『北大短歌』の第一号を僕は紛失してしまったので、ここで具体的に引用することができないのだけれど、「集団の中における三上春海」というのは、「稀風社の三上春海」とは微妙に位相のズレた存在であるように僕は感じた。そうした位相のズレはやがて、彼の作風に立体的な陰影を与えるようになったと思う。
 そんな角度からの考察も含めて、ここでは「三上春海の社会詠」について考えていきたい。


 民族の血を飲み干してゆくでしょう春のフェスタにある献血車
 (『海岸幼稚園』所収)


 「社会詠」の定義ってそもそも何なの、という話は取り上げないとして、ここでは三上春海の短歌が、外的な文脈を広く取り入れるようになったんじゃないか、という話をしたい。
 上に取り上げた一首は、ざっくり言えば春のうららかな都市の風景に対して鋭利な批評を加えてみました、というようなものなのだけれど、この歌に異様な輪郭を持たせているのはなんといっても「民族の」というなんとも不穏な形容である。
 「献血車」が「血を飲み干」すという擬人化のレトリックが詩情の中核を成しているにしても、単にそれだけでは「ちょっとうまいこと言いました」の域を出ない。それをもう一段階上のところまで持ってくるためのもう一捻りとして、この「民族の」という表現がいびつで過剰な文脈を外部から引っ提げて来るのだ。過剰な文脈を帯びた詞はそれだけで一首の中のバランスを大きく変容させてしまう。いわば表現の単調化に対する「劇薬」として、ここでは「民族の」という初句が機能している。
 「民族」という詞は、それ自体が政治的、社会的な文脈を、教育やメディアによって強く塗りたくられた用語であることは言うまでもない。こうした文脈は多くの人が共通に理解して共有できるものであって、むしろその安直さゆえに一般に詩歌や韻文の中では使うことを躊躇われる性質の詞だろう。もしくは、その詞の過剰な時事性ゆえに、詞が持つ文脈が瞬時に風化してしまい、後世には一体何を意図したのか解説抜きには理解しえないような韻文が残される、というような危険性も考慮すべきことのように思われる。
 三上はこうした外的に過剰な文脈を持っている詞、時事ネタや報道、政治用語などを積極的に使うようになった。それはおそらく短歌が「読まれること」への意識の高まりの反映なのではないかと僕は解釈している。インターネットに発表の場を持つ短歌作者の多くが、環境の閉鎖性ゆえに「読まれること」への意識が弱い、と言い切っていいのかまではわからないが、それは変化でありひとつの成長なのかもしれないと思う。
 三上は短歌を集団内で「読まれる」前提で作歌することを会得して、その上で、『さよなら』以前からの奇怪な表現を保持していきたい、と考えた中で、上に述べたような「劇薬」としての強い共通の文脈を持った詞の活用、という落としどころにたどり着いたのではないか。という気がする。三上は社会(ソサエティ)の構成員たるべく、先ず「読まれる」ことに対する闘いをしたのではないだろうか。


 群れなして過ぎゆく鳥よほろほろとクナシル島に初雪が降る
 (『海岸幼稚園』所収)


 この歌も別に北方領土問題に関連したメッセージ性を含んだ歌ではないだろう。単なる叙景を描いた歌にぽっこりと嵌め込まれた「クナシル島」は、その必然性の無さゆえにひとつの情景にメリハリをもたらしている。しかし、この短歌について誰かが語ろうとするのであれば、真っ先に「クナシル島」に言及せざるを得ないのではないか。これはそういう「読まれる」ことを前提とした技法に関する話であって、純粋に社会問題を題材にとったいわゆる新聞歌壇のような性質のものとは大いに異なるものである。

3.未分化な聖域としての幼稚園

 三上春海の短歌の普遍的な要素と、新たに変化した要素についてこれまで取り上げてきた。それは自明な「私」への疑義や疑念であり、あるいは「読まれること」への志向性の獲得であったりしたのだが、最後に三上の短歌の根幹にあたる部分について考えてみたい。すなわち、三上はなぜ、「私」を疑うのか。三上はなぜ、自らの表現を保持したまま「読まれる」ために闘いを要したのか、という疑問についてである。あるいは、情田熱彦は『海岸幼稚園』の解説文において三上の短歌を「撤退戦を描いた叙事詩」と評したのであるが、いったい三上は何と闘い、何からどちらへ撤退しているのだろうか。


 栄光なき海中よ納骨された幼稚園児が幽かに光を受ける早緑の聖母幼稚園
 (『海岸幼稚園』所収)


 この一首を読解することにどれほどの意味があるのか僕にはわからないが、三上はときどきこういう読まれ理解されることを強く拒んでいる歌を作る。そしてそういった意味や文脈を与えられることを撥ねつけているような、未分化の詞の集積が、三上春海にとっての内的なサンクチュアリなのではないかと考えるのである。
 三上春海のおよそすべての作歌行為は、意味や文脈に切り刻まれるのを怖れ、他者に蹂躙されることを拒み、未分化な認識を保持しようとする彼の内的理想を護るための戦いであり、あるいは既に隅々まで意味づけられた外的社会との調整の試みなのではないか。未分化なままで外部と交渉する手段として、詩歌という道具が選ばれているという言いかたもできるかもしれない。
 いずれにせよ、三上の短歌の魅力もまた同時にそこにあると言っていいように思う。彼の歌は概ね共感よりも驚異を与えることで成就する性質のもので、あるいは未分化ゆえのあざやかな認識を提示し、時には混沌や矛盾をそのままに内包しうる詩型として、短歌と言うものを期待しているのだろうと思う。もしくはそれは近代社会との闘いであるのかもしれない。
 そうした混沌や矛盾を内包した空間、秩序や文脈による統制の行き届いていない未分化の空間といえる「幼稚園」という詞が『海岸幼稚園』における重要なタームとなったことはおそらく偶然ではない。三上は彼自身の中に社会未満の空間としての「幼稚園」を仮想することで、外部との日々の戦いの拠点として位置付けているのかもしれない。


 僕たちは架空の船に乗りたいさできるできないとかではなくて
 (『稀風社の粉』所収)


 この「架空の船」もまた、「幼稚園」に似た、理論上の概念であり、一種のサンクチュアリとして見做されているのだろうと思われる。架空の船は実在しない。けれども実在しないからこそより一層強く希求されるのである。


 笑いながらスクール水着をやぶき合う少年たちにまた夏がくる
 (『海岸幼稚園』所収)
 きらめいて、全部ほどけてしまうほどなにもなかった光、さざなみ
 (『さよならが来るのを待っている君へ』所収)


 上に挙げたような情景は、奇妙でもあり、単純でもあり、しかし未分化ゆえに美しいのではないかと思う。こうした美しさを美しさのままで保ち続けていたい、というのが三上春海の願いなのではないだろうか。と僕はいま考えている。
 しかし、そうした理想はやはり現実の社会を前にして弱く、げんに撤退戦を強いられている。この闘いに敗れてしまったとき、三上はどうなってしまうのだろうか。


 手をつなぐときに一瞬遅くなる歩みのように死んでゆきたい
 (『海岸幼稚園』所収)


 彼は美しさを抱えたまま、それに殉じていくのだろうか。僕には正直言ってよくわからないのである。

(文責 鈴木ちはね)